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マルタのやさしい刺繍

今日は数ヶ月前に私がDVDで見た映画について書きます。
私は映画が大好きで、中学生の頃から一人で映画館に
行くこともよくありました。好きな映画はもう一度見に行ったり。
でも結婚して、子供が出来たら映画館に行くことはなかなか
出来なくて、特にタイに来てからは専らDVDで見ています。

先日見たマルタのやさしい刺繍は、タイトルとジャケットに弾かれて
見ました。スイスの小さな田舎町に住む80歳のお婆ちゃんが
ある日一念発起し、周囲の反発をはね除けながら、友人と共に
ランジェリーショップをオープンさせる、と言うお話し。
いくつになっても「女心」を忘れてはいけないんだな?と、
ここ2年近くお化粧すらしていない私は少々反省しました(苦笑)

映画はとても素晴らしかったですし、お婆ちゃん達がとても
チャーミングで、「こんな風に老後も夢を持って、生き生きと
生きていきたい」と思いました。

ただ一点、どうしても違和感が拭えなかったことがあります。
それは、実の親子であろうとも、それぞれが自分の人生を
自分の責任で生きている
と言う部分。つまり、家族としての
一体感は全く感じられず、例え一緒に暮らしていても、
そこにいるのは『一個人』達
だということなんです。

スイスと言えばアルプスの少女ハイジでしょう(単純かな?)
ハイジの中では家族の繋がりは確かにあると見えました。
そもそもハイジにはお爺さんしかいませんでしたし、クララには
お婆さんとお父さんしかいませんでしたが。それが、この映画の
舞台となった小さな村は「保守的な村」と紹介されているにも
拘わらず、家族の絆・繋がりが希薄だったことに、私はとても
驚かされました!
タイではワークシェアリングが良く聞かれます。私が結婚前に
働いていたデパートでも、この言葉は聞かれていました。
一見「雇用を広く確保する」という良い面だけが見られますが、
実際にはその反面もあります。雇い主にとっての事情は日本程
複雑ではないと思います。契約形態はそれぞれに会社によって
違い、待遇の善し悪しだけで職を選ぶタイ人ではありませんから。

ただ、タイでも中華系タイ人(つまり華僑)が政治経済のトップを
牛耳っていて、中国の流れがだいぶ入り込んでいるように見えます。
ワークシェアリングにしても、夫婦別姓にしても、事実婚にしても、
一見手軽で気軽でいいわ?♪と思われがちですが、実際は
ワークシェアリングと男女完全平等賃金によって、結婚は式を
挙げただけ、籍は入れません。旦那の給料だけでは生活出来ない
ので、産後も女性は働き続けないといけません。産休なんてよっぽど
大企業にしかありません。早い人では産後1週間で職場復帰します。
生まれた子供は、と言うと、保育園に預けるとお金がかかるので、
大抵はどちらかの両親に預けます。その両親が遠くに住んでいても、
そこに預けて、夫婦は出稼ぎ状態なんです。実家が遠いと、半年に
一回とか一年に一回子供に会いに行けるかどうか、と言う場合が
多いようです。近くに両親がいれば、夕方仕事が終わったら子供を
迎えに行き、朝出勤する時にまた子供を送っていく、と言うふうに
出来ますが。だからよくメイドさんに「日本人は自分で子育てが
出来て羨ましい」と言われます。タイ人は赤ちゃんが大好きですし、
我が子なら尚のこと会いたいし抱きしめたいですよね。でも女性は
男性とほぼ同じ条件で働かないといけません。場合によっては
夜勤だってあるんですよ。働く母は本当に大変だし、私としては
産後の身体が心配です!

そしてタイ人は敬虔な仏教徒が多いのですが、貞操観念は何故か
薄く、男女&既婚・未婚を問わず、とにかくよく浮気をする
その為、事実婚を取り入れる夫婦?が多いようです。「別れる時
あれこれ面倒な手続きが不要だから」と。実際離婚率も随分高いし、
兄弟と言っても、片親が違うこともよくあります。そして女性は
「いつ旦那と別れても良いように、ずっと働いて自分の食い扶持は
自分で稼いでおく」のだそうです。結婚しても大変だ?!

この様に、タイでも家族という一つの「共同体」が持ちにくくなって
いるのです。幸いタイでは赤ちゃんはとても喜ばれ、歓迎されるので、
結婚して子供を持つことに抵抗はないようですが、結局自分の手で
育てられない人が多いのが現状です。そして自分の子供を育てた
事のない人が親になるのだから、その人もまた子育てが出来ず、
他人任せになる...と思うでしょ?ところが、タイでは小さい頃から
子供は子供同士で遊ばせるので、その中で自然に子供の相手が
身に付き、うちのお姉ちゃんぐらいの年の子は誰でも赤ちゃんの
相手が上手なんです。中学生や高校生の男の子でも、そろそろ
「子供の相手なんてご免だ!」と反発する年頃だけど、子守を
嫌がらずにする子をよく目にします。だから子育てが出来ない、
子供の接し方が分からないってことはまずありません。

けれども、「家族」という絆が解かれ、「個人」という観念が強まると、
自分は「家族の一員」と言う認識が薄らぎ、人との距離の置き方、
周りの人と調和する力等が養いにくくなり、「公」の精神が消えて
しまう危険性があります。「個人」を追求すると、自分の自由や
権利ばかり優先しがちになり、「我先に」「自分だけは損したくない」
「言った(やった)者勝ち」の風潮が色濃くなり、世知辛い世の中に
なってしまうように思えてなりません。

インターネットで自宅にいながら買い物が出来、支払いはカード払い、
給料も公共料金も銀行口座から自動的に入金・出金され、家から
出なくても、誰かに頼らなくても、自分一人の力で生きてる、そんな
錯覚に陥っていませんか?平和な国、日本で暮らしていると、身近で
事故や事件等の不幸が起きない限り、「自分は守られている」という
実感は持ちにくいでしょうけど、私の住むタイでは、「国家」と言う
見えないけれど、とても大きな力があって初めて、私達は安全で
快適に暮らせるのだ、と実感出来ます。

ところが日本でも、民主党政権になってからは、タイのような目に
見えやすい形ではなく、目に見えにくい形で、じわじわと国家解体
進んでいるように見えます。その一つが男女共同参画と言う狂った
政策を、さらに改正(改悪)して国会で通そうと企んでいるそうです。
皆さんはこの中身が一体どういうものなのか、国民全てがこの
内容を正しく理解する必要があります
!これ、触りの部分を
ちょっと読んだだけで、勘の良い人は「あれ?何か変じゃない?」と
気付きます。特に男の子と女の子の両方を子育てされた方は、
どんなに同じように育てても、上の子のおもちゃをそのまま
下の子に使わせても、やっぱり男の子は男の子の、女の子は
女の子の、昔から遊んでいるそれぞれのおもちゃを好むし、
遊び方自体が全然違うと言うことは一目瞭然。この男女の違いが
生まれながらにして違うと言うことは、否定出来ない事実です。
そんな事実を無視し、ねじ曲げてまで男女の違いを否定し、悪とし、
不自然に同質なものにしようとしているのがこの法案なんです。
詳しくはこちらのブログを参照下さい。
(*spiralさん、また勝手にブログの記事を載せてすみません)

映画の話題から話が逸れてしまいましたが、私が言いたかったのは、
この映画の中のような、老人は老人だけの場所へ追いやられ、
手厚い保証を受けてはいても、心の中では寂しい、満たされない
老後を送ることになるのは止めて欲しい、と言うことなんです。
アジアでは現在でも、老人を家族の中心に置き、老人を囲むように
家族が共に暮らしている地域が多く見られます。アジアでは「家族」の
繋がりの重要性を、昔からきちんと認識していたからだと思います。
私はタイで暮らし始めてから、特に西洋(欧)と東洋(亜)の違いに
目が行くようになったのですが、知れば知る程、「技術的、経済的、
物質的な面では確かに西洋は勝っているけど、人間としての倫理的、
精神的な面では東洋は遙か昔からその本質を見抜き、人間としての
本来のあり方を実践し、真の幸福を熟知していたのではないか」と
思います。決して「東洋が西洋に劣っている」とは思えないのです。
優劣の基準をどこに置くか、という問題、もしくは最初から「西洋が
優」としたものの見方だったのかも知れません。

また話が脱線しそうなので、今日はこの辺で。
私の独り言に長々と付き合わせてしまって申し訳ないですが、
一人でも多くの方に、今の日本を、そして未来の日本を考える
きっかけになれば幸いです。

*この記事を書き始めて1週間が経ちました。細切れに書いた
 文章なので、自分で読み返してもすごく滑稽なのですが、
 これ以上手直ししても、結局は同じ細切れの文章のままなので、
 恥ずかしながらそのまま掲載します。
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コメント

☆hikaruさん

男の子と女の子の違いって本当に不思議だし、興味深いですよね。
実家に帰ると、実母やご近所のおばちゃんから介護の話しを聞きます。
「子供の世話は大変だけど、確実に成長するって分かってるし、
 何より可愛いから苦にならない。でも介護は先が見えないし、
 可愛さは無いから精神的にも厳しい」と。
自宅で介護されている方、介護の仕事に就かれている方、
本当に頭が下がります。

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